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序
月明かりの下にうつむくのは、花の顔。
少女のごとく華奢な体に、その清らかさを裏切るあだっぽいうすものをつけただけのその男――そう、信じがたいことに男なのである――は、瞬きもせず、呼びかけにも応えず、魂が抜き去られたような風情で窓辺の粗末な椅子に腰掛け、ぴくりとも動かない。
みすぼらしい穴蔵のような小部屋である。貧民街の中でも、特にいかがわしく治安の悪い、春をひさぐものがふきだまる一角に建つ、娼館の一室。その入り口に、黒の上等な外套をまとった美丈夫が立ち、死を待つ罪人の牢獄にも似た絶望だけが詰まっているはずのそこに、ほのかに浮かび上がる、ただ美しい眺めを見ている。
男を案内してきた年増女がいきさつを話している。
「今朝方、あなた様を送り出してから、ずっとこの調子で……。無礼をお許しください。すぐにひっぱたいてお相手の用意をさせますので」
「いや、その必要はない」
下がってくれ。砂漠に棲む魔神のように、低く冷たい声で続けて言われ、年増女は困惑した様子で、きしむ扉をそっと閉めて去っていった。
二人きりになっても、窓辺の青年は何の感情の動きも見せない。
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