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 外套を脱ぎ去った男は、窓辺の青年の目の前に立って、その白く尖ったおとがいに指をかけた。青年は逆らわずに顔をあおのけるが、その黒い瞳には何の色も浮かばない。光が射すことすらない。  今朝方までの彼の様子を思い出して男の喉が皮肉に笑った。馬鹿な奴だと思う。耳元で嘘の愛をささやかれ、嬉しいと言って声を上げて泣いた、この花の顔の持ち主。かつて主であった、何の価値もない、馬鹿で恥しらずの人でなし。かつて犯した罪の購いに、その心を壊してやった。男のしたことすべてが、遠い日に抱いた、召使いへの甘えを最後まで捨てきれなかった彼には覿面に応えたらしい。  指を離すと、芯を失ったような首が再びうなだれる。長かった自慢の美しい黒髪は、刈り取られて売られ、中途半端に伸びた髪に無作為に覆われた頭は、子供のように小さく見える。呆気ない。男はそう思った。男がこの日、この時のためにかけてきた手間や時間が、すべて繋がり、収斂し、結実したのだ。もともと喜びがあるとは思っていなかったが、感慨のようなものも、少しもわきはしなかった。ただ、終わったのだという思いがある。何かが胸からぬけ落ちたように、男の心は凪いでいた。  ふとみると、青年の足下に、みすぼらしいが嗜好品である紙でできた冊子が落ちている。     
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