4/4
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ
 ――――ダリヤが死んだ。  僕のせいだ。彼女はまだ十にもならなかった。  彼女は僕よりもよほど価値のある人間だった。心清く、優しく、働き者で、自分の上に積み重なる理不尽をも、許し、愛そうとする子だった。  僕は、彼女に救われながら、彼女には何もしてやることができなかった。したことと言えばせいぜい、彼女を奪い去る天を呪うこと、他者への罪のなすりつけ、彼女の好きだったざくろを、たった一つ手に入れて、食べさせてやったことだけだ。彼女は、たったそれだけのことを、この上ない恩寵でも与えられたかのように、嬉しそうに笑って死んでいった。  やりきれない。  僕は彼女の親のような歳であるのに、弟か息子のように、彼女に甘え、頼ることしかできなかった。なぜ彼女が死に、僕が生かされるのか。こんな、どうしようもない僕が。何の取り柄もない、砂一粒ほどの価値もない人間が。  思えば僕はこれまでどれほど非道な生き方をしてきたことだろう。与えられた権力をかさに着て、有用な能力を持つ、優しく、賢く、強い、いくらでも幸せを掴むはずだった人々の運命を、数え切れないほど狂わせた。このような境遇におとされるのは当然だった。むしろ、これくらいで済んだことを天に感謝すべきかもしれない。  僕は書き残しておかなくてはならない。この、沙 弥勒(シャ ミュラク)という愚かで救いようのない人間の、非道さと愚かさを。そして、すべてを失うことでそれに気づき、取り返しのつかない罪の重みを知ったことを。声にすることすら許されない懺悔を。  そして厚かましくも願う。僕のおそらく生涯かけてただ一つの切実な願いである。これがいつか、過去、僕の召使いであり、今は主人であるアラクセスの目に触れることを。  僕がかつて殺したもう一人の、ヒュルカニアという少女の兄たる彼に、妹の敵である僕が、どんな思いを抱いていたかということが、伝わるよう、伝えることが許されなかった心が、どうか伝わるよう――――。  男――アラクセス――は、青白い月明かりを頼りに、ゆっくりと頁を繰り始めた。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!