出逢い

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出逢い

 男は故郷を知らない。  気づいたときには、砂漠の中を、妹の手を引いてさまよっていた。  覚えていたのは、アラクセスという己の名前と六歳という年齢、そして、自分の手を握りしめて泣くこともできずにいる妹、ヒュルカニアが二つ年下であるということだけだった。  ツァイテンという豊かなオアシス都市へと向かう商隊に拾われて、世話をしてくれた人々に、おそらくは南方の遊牧民の子供だろうと言われた。名前や着ていた服の刺繍の特徴、それから赤膚種であることが理由だった。そして少し前、大国の小競り合いに巻き込まれ、その民族が滅びたということも、教わった。  自分たちに帰るところ、安住の地はないのだと、アラクセスは悟った。  アラクセスとヒュルカニアの赤銅色の肌と、黒い髪と目を見て、彼らはこれではあまり金にはならないと嘆息した。そしてツァイテンの町に着くと、主に家事などに従事する奴隷を専門に扱う商人に売った。  家事奴隷は値が低い。アラクセスを辺境警備兵候補として軍隊へ、ヒュルカニアを娼妓候補として売春宿へ売れば倍以上の利益があっただろうに、商隊の連中はそうはせず、二人を引き離さずにおいてくれた。それがたとえ好意からではなかったとしても、彼らに拾われたことは結果として幸運だったと、アラクセスは思った。ヒュルカニアと離れずに済んだのだ。帰る場所がないと知ったときから、アラクセスにとっての最優先事項は、ただ一人の肉親ヒュルカニアを、守ることになった。
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