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【act1】柴田 蓮
柴田蓮(しばた れん)が『ロスト・リミット症候群』の診断を下されたのは、保育園に通い始めて間もない三歳の時だった。
家のドアノブをもぎ取ったのを皮切りに、蛇口を破壊して大量の水を浴びて業者を呼んだり、冷蔵庫のドアを反対から開けて分解するなど、まるでテレビの仰天映像のような光景を散々目の当たりにした母親が、さすがにこれはおかしいと一番近くの大学病院に紹介状もなしに駆け込んだ。散々待たされた挙句にそれでも医師の診察を受けることができ、直後に聞きなれない病名を告げられた。
世界的にも症例が少ないことや、治療法がまったく確立されていないこと、発症者はほぼ20代までしか生存できていないことを立て続けに聞かされ、通常の母親の反応として彼女はその夜、夫と向き合いながら無言で涙をこぼした。
それでも世の母親と同様の強さで、息子の生存をでき得る限り引き延ばすべく最大限の努力を惜しまなかった。
二人で定期的に大学病院に通いながら、彼女は時に厳しく時に優しく息子に接した。
「蓮、そんなに強く握ってはだめ……そう、そうよ。うさぎさんに優しくしてあげるの」
自作のぬいぐるみを蓮に握らせ、その加減を根気よく諭した。
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