ビニール傘の彼女

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ビニール傘の彼女

 雨が降っていた。  少し憂鬱な気分になりながら玄関にあったビニール傘を掴んで家を出る。  駅に向かう道を歩いていると、一人の女性が目に入った。なんの飾りもないビニール傘をさして、ゆっくりと僕の前を歩いている。  ふと、彼女が上を向き、次の瞬間、顔を綻ばせた。彼女が何を見ているのかは分からないけれど、その表情だけでも僕の目を捕らえるには十分過ぎた。  美しい弧を描いた赤い唇は妖艶ささえも感じさせ、傘についた雨粒が傘越しの黒髪を伝うように輝きながら落ちて行く。細身の体は濡れた膜で輪郭がぼやけ、儚さを匂わせていた。  色が霞み、灰色に覆われた世界の中で、彼女は唯一色を持っていた。一輪の花が目の前で咲いたかのような錯覚が生まれたのを今でも覚えている。  決して手を伸ばすことは許されない。倫理的な話ではなく、彼女だけで成り立っているその世界は誰も侵すことは許されていないように感じたからだ。  駅に着き、押し寄せてきた人の波の中に彼女は姿を消してしまったが、ビニール傘越しに見えた彼女のみで形成される世界は僕の目に深く焼き付いて離れなかった。  その日から僕は雨の日に咲く色とりどりの花の中から、透明な花弁の花を探すようになった。  たった一輪しかない、僕の理想の花を。
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