『民族楽器が残る耳』

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 夏の暑さも絶好調、しかし我が家のエアコンは不調気味。温度を下げる毎に「ゴ、ゴンゴゴゴッ」と言う、もうすぐ壊れますよの警告音がした。それよりも厄介なのは夜ごと二階から聞こえる音「トンタトンタントンタタン」頭蓋骨を細かく叩かれるような甲高い太鼓のリズム。人によっては心地よいものだろうが、ソウルフルな物は何一つ持ち合わせていない俺にとっては、ただの聴き苦しい雑音にしか思えなかった。  注意しようにも、ここはスラム街的な、四畳のおんぼろアパート。住民も、まともな奴は一人もいない。それは自分も含めていえる事なのだが、接点を持つイコール厄介事である事は常識。それに、嫌なリズムではあるが音量はそれほど大きくもない。パチンコ玉を耳栓代わりにすれば問題はなかった。  ある日、騒音で目が覚めた。「トンタトンタントンタタン」耳の穴には、球が入ったままなのに聞こえるリズム。もちろん、取り出しても聞こえる。不思議なことに音量は変わらない。「うるさいうるさいうるさいっ」手で両耳を塞いでも、指を耳の穴に突っ込んでも聞こえるリズム。首筋がピンと張り痙攣する。意志とは無関係に、頭が激しく上下に振れる。頭の血が毛細血管の先へ集中するように遠心力が増していった「トンタトンタントンタタン」リズムに合わせて激しく地団駄を踏む。何分と持たず前頭葉に刺激。  たぶん夢だと思う。草食動物の頭蓋骨を被った。否、首の骨から上がその頭蓋骨である、滑らかな焼けた肌の女性が踊っていた。「トンタトンタントンタタン」のリズムに合わせて激しい地団駄に緩やかで艶めかしい腕の動き。その両手には黒光りする。鋭い石のナイフが握られていた。動物の空洞の目とあった瞬間、両の手が円を描き、俺の耳に「ズブリグチュッ」  朝起きて、絶叫。乾いたどす黒い血で、ぎこちなく動くウジがTシャツに乗っていた。絶叫したが何も聞こえない。触れた両耳からは鮮血とウジの小躍り。叩かれたドアの音も聞こえず、激しく動くドアが壊されるまで分からなかった。  入院は二日で、耳は一生聞こえない。脳にはダメージは無いらしい。だから医者の診断は当てにならない。今でも聞こえる「トンタトンタントンタタン」それに、あの女は今夜も来ている。
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