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山に入る道を歩く間、二人とも終始無言だった。
奈津美としては、16年前の自分の行動が記憶に合致しているのかを確かめたい気持ちが半分、そしてこの画家と密やかな森を散策し、この青年をもう少し探ってみたいと思う気持ちが半分だった。
では、いったいこの青年は何を思い、今この山道を歩いているのだろう。
普段はあまり他人を気に掛けない奈津美だったが、感情の起伏を感じ取れないこの青年の横顔を、歩きながらそっと盗み見る。
道はなだらかだったが、少しずつ標高は上がり、どこからか水音も聞こえる。
単なる山道では無く、渓谷沿いの道なのだと思い出す。
そういえば始めてあやのとあの廃村を見つけたとき、「こんな不便で危ない場所に家を建てる人間がいるなんて信じられないよね」と笑い合ったのを覚えている。
13歳の奈津美は心臓の弱いあやの手を引っ張るようにしてこの山に連れてきたのだった。
握った手指の細さ、柔らかさ、白い肌、すぐに弾んでしまう息づかいが艶めかしくて、半ばうっとりと楽しみながら奈津美はあやのを導いた。
なんでも言うことを聞く私だけのお人形。あやののことを、そんな目で見ていたことが思い出される。
そこまでは鮮明に思い出される。しかし。
二度目に来た時、そこにあやのは一緒にいたのだろうか。あり得ないはずなのに、否と言えない自分が恐ろしかった。
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