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【ごくろうさん】は秀ちゃんの絶対に忘れないという確信のパスワード。
【5963】
である。業者さんがもし先にきて鍵を開けるとき、監督の秀ちゃんに鍵を開けるためのパスワードを電話してくる際、えっと、なんばんだっけか? などと言ってはいられないのでずっとこのパスワードらしい。建設途中でも、窓がはまり、ドアが取り付られるようになると、皆安心して工具などを置いていくので、鍵は必須だ。この現場は現場事務所がなく、あまり常駐していないらしい。
秀ちゃんが業者の職人さんとなにやら話している。あたしはなんとうなく自分の存在を誇示するかのよう、車のドアを開けた。
生温い風があたしの髪の毛をなびかせる。おもてに顔を出したタイミングで秀ちゃんがあたし向かって手招きをした。おいで、おいで。手をクイクイと2回。いいの? まだ職人さんはいたが、構わないようなので、車から降りて、秀ちゃんの元に駆け寄った。
息を切らし、はぁ、はぁ、と呼吸を乱しているあたしに向かい、
「コンビニは逃げないからさ」
咥えていたタバコを簡易灰皿でもみ消しつつ呆れた口調になってあたしに言った。
「うん、そうね」
そうね、あたしは秀ちゃんの前だとたちまち素直になってしまう。逃げないわね。建っているのだし。
「入って」
何も陳列していない真っ白なコンビニ。ペンキやなにか化学物質の匂いがするなか、秀ちゃんとあたしはコンビニの真ん中に立つ。
「結構広いだろ」
「うん、広いわね」
最近のコンビニはイートインや厨房があり、図面も同じ系列のコンビ二でも全て違うし、設計事務所との折り合いが悪いところだと、最悪だとぼやいていた。
「いつ、竣工なの」
あとは、棚と商品の運搬。看板の設置などだけなので、
「3週間、かな」
かな? なんだかあやふやな呼応は、他と被っているからだろう。
「秀ちゃん」
誰もいない、まだ完成していないコンビニのど真ん中であたしは背後から秀ちゃんを抱きめた。
「だーめ」
あたしの手をほどこうとしているけれど、あまり力も入っていなく、秒にしたら、120
秒くらいだったけれど、あたしは背中の温もりを堪能した。
「ねぇ」
「ん?」
くぐもった声。秀ちゃんお願い。好きって言って。
「なんでもないわ」
「そっか」
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