真夜中の乗客

2/3
前へ
/3ページ
次へ
これはタクシー運転手をしている私が、夜間乗務の際に体験した出来事です。 客を探して車を走らせていると、前方の街路樹の陰からこちらを窺っている人影が見えました。 はっきり乗りたい仕草をしたわけではありませんでしたが、念のため車を路肩に寄せ、ドアを開けました。 すると、一人の女性が何も言わず後部座席に乗り込んできました。 私は女性に挨拶をしましたが、俯いたまま何の返事もしてくれません。 ですが、この時間帯に乗ってくる客は、大抵疲れているか酔っ払っていることが多いのであまり気にしませんでした。 「この道をまっすぐ行ってください」 女性は口ごもった声でそれだけを告げました。 私は指示に従い、車を出しました。 しばらくすると女性は私に話しかけてきました。 「この道をもう少し行った所で事故があったのを知っていますか」 職業柄、嫌でもそういった情報は耳に入ってくるので、もちろんその事故のことも知っていました。 「はい、確か一昨日の夜だったみたいですよね。死亡事故だったとかで…。犯人はまだ捕まってないって話ですよ」 「……そうなんです。まだ捕まってないんです……」 「あっ、お客さんもご存知でしたか。やーそれにしてもどういう神経してるんでしょうねぇ。人を轢いて逃げるだなんて」 「犯人はタクシーだったんですよ……」 「えっ、あっ、そうなんですか……何か目撃されたとかで…?」 「いいえ……」 女性はそう呟いた後、身を乗り出して運転している私の顔を覗き込んできました。 いきなりのことで驚きましたが、異様な状況に恐ろしさを感じた私は、女性を見ず、ただ前方を直視して走り続けました。 すると、女性は先程までとは明らかに違う荒々しい声でこう言ったのです。 「探してるのっ!!私を轢き殺した犯人を!!」 私は、恐怖からついに女性の方を見てしまいました。 するとそこには、額から流れる血で顔を真っ赤に染めた女性が、憎悪に満ちたものすごい形相でこちらを睨みつけていたのです。 私は思わず急ブレーキを踏んでしまいました。 車は何とか無事停止し、我に返った私は車内を見渡しましたが、女性の姿はありませんでした。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加