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「えっと…。」
健人はキョロキョロして、腕を組んだり崩したり、顔を触ったりしていた。
「あ、通学大変じゃないか?」
「いえ、勉強しながら通学してるんですよ。」
私は冷静にふるまった、無だった…。
どう頑張っても、何も始めることが出来ない、何も得ることが出来ない。
私の目の前にいる人を失わない為に…私に課せられることは無しかなかった。
彼を、私を心配することから、解放してあげたかった。
とびっきりの笑顔で、私は大丈夫だと必死に彼に伝え続けた。
今の私にできる、唯一の事だった。
「そうか…あと、えっと。原田にでも…。」
「先生?」
「…そうだな、あいつにもあいつの時間あるしな。困ったことがあったらいつでも…アイ?」
健人が不意に私の手をつかんだ。
「アイ?」
「先生?」
あんなに健人を先生と呼びたくなかったのに…いとも簡単に私は彼を先生と呼んでいた。
「えっと…はあ、悪い。教室戻るんだよな?」
「スミマセン。」
頭を下げたとき、抑えきれない思いがあふれそうになった。
「アイ?」
「そんな、そんな風に呼ばないで…どうしてわかってくれないの?」
「アイ?」
「はあ、私が…どんな思いで健人を先生と呼んでると思ってるの?やっと、すらって言えるようになったのに…どうして?私を名前で呼ぶの?もう、一緒にいられないのに。」
私にはどうすることもできなかった。
…あふれ出す涙は、もうぬぐっても止められなかった。
「はあ、ふう、」
「アイ…ごめん、俺がわがままなんだな。お前の傍に居たくて、先生になれば一緒に居られると思った俺が馬鹿だったんだな。」
「え?昔から教師になるのが夢だって…。」
「ああ、お前と出会った時からのな。どうしたら、アイが過ごす時間の中を一緒に過ごせるか。考えて教師って思ったんだ…だけど、そんなに悩ませてごめん。」
健人は私の顔を覗き込んできた。
「…でも!」
それでもやっぱり、私は…。
「アイ?」
あなたが好き…あなたを愛してるから。
「やだな、私のパパとママが死んで同情してるだけだよ。気にしないで…。」
「そんな風に思ってない。」
「ありがとうございます。」
ようやくおさまった涙を私は笑顔に変えて、彼に見せた。
「それじゃあ、教室に戻ります。」
彼の返事を待たずに私は彼に背を向け、「アイ!」と呼ばれても振り向かなかった。
やっとの思いで教室に戻り、私は机に顔をうずめた。
「アイ?健人兄さんとは話ついたのか?」
「へ?」
「ああ…だから言ってるだろ、俺にしとけって。」
「もう!うるさい!」
私は拳を原田の腕にグリグリ押し当てた。
「ハハッ、お前はそうでなきゃ…いてえな。」
「これを食らいたいんでしょ?」
「ダチに酷いな…。」
「させてるのは、どっちよ!」
ふと、廊下に目をやると…萩原先生が教室を覗きながら歩いていた。
「あ、えっと…柏木?」
同情なんていらないのに…。
「はい?」
私は立ち上がるだけ立ち上がって、彼のもとに行こうとしなかった。
「少しいいか?」
「嫌ならやめとけ?」
原田が小さな声で、私に言ってくれた。
「ううん、ありがとう。」
ホームルームまで、時間がそんなになかった。
私は駆け足で、彼のもとに駆け寄った。
廊下に出て、私たちは隣の棟の渡り廊下に向かった。
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