13人が本棚に入れています
本棚に追加
「先生?萩原先生?」
彼の背中に言葉を投げかけたけど、何も言わないまま彼は歩いていた。
ようやく、隣の棟へ行く渡り廊下に着いた。
「柏木?」
振り返った彼の表情は、初めて見せる表情だった。
「…はい。」
「大丈夫か?…うん、ごめん。大丈夫なんかじゃないよな。」
「萩原先生、先生がどこまでご存じなのか知りませんが…実は学費とか、けん…廣瀬先生のお父様から支援していただいているんです。」
「廣瀬?」
「ええ、亡くなった母と同級生でそれで…。」
「そうか…今?」
「通学時間少しかかるんですが、実家の家が遺産として残ってるので。」
朝の陽ざしがまぶしく、目を覆った。
「…向こう行くか?」
「いいえ。」
そっと触れられた腕に私の健人への思いが、爆発しそうになっていた。
彼と…健人といたい。
私は一歩下がり、萩原先生との距離をとった。
「先生のクラスじゃないのに心配してくださって、ありがとうございます。」
私はこれから一人で、生きていかなければならない。
学校生活、健人のパパから時間をもらったけど…それも返さなければならない。
「柏木?」
「はい?」
「…肩の力はいりすぎてるぞ、まあ。うん、頼りたくない気持ちも分からなくもない…でも、人って一人じゃ生きていけないんだ。俺もお前もな…。」
「フッ。」
「俺が言うとおかしいか?」
「いいえ、ありがとうございます。」
あ。
「ありがとうございます。」
笑顔…忘れてた、誰にも心配かけないように練習してたのに。
「柏木?お前…。」
「ちょっと考え事です、今晩何食べようかなとか…バイトもしなきゃいけないし。」
私、ちゃんと笑ってるでしょ?
先生なんでそんな、憐れんだ顔で私を見てるの?
「…柏木。」
「はい、もう…いいですか?先生もホームルームはじま…。」
腕をつかまれた。
「柏木?」
「放して…ください。先生のクラスじゃないのに…。」
「俺のクラスじゃなくても、ほっとけない。」
「そ、はあ…人が一人で頑張ろうとしてるのになんで?なんでそんな風に言うかな。」
ちょっとしたことですぐに涙があふれ出す、
何の解決もできないのに…。
泣いたところで…
何もない、何も変わらない。
「放して。」
「嫌だ…。」
「う、ん…もう。」
「ちゃんと…泣いてないんだろ?我慢することないだろ、辛いなら辛いって言え?」
「言ってどうなるの?私には…誰もいないのに。」
萩原先生は私を強引に抱きしめて、頭を撫でてくれた。
「俺もいるし、友達いるだろ?その…廣瀬先生のお父さんも力になってくれるはずだと思うけど?」
「……な、何も知らないくせに!」
私は萩原先生を突き飛ばし、彼から離れた。
力を振り絞って突き飛ばしたまでは、よかったんだけど…
脚がもつれて、空いていた窓から外に落ちそうになった。
「ひゃ…。」
体が完全に窓枠を超えてしまっていた。
「な、なにやってるんだよ!」
「健人?」
「はあ…。」
健人が私の右手をつかんでくれたのはいいんだけど、健人がつかんでいたのはカーテンでブチブチちぎれてる音が聞こえていた。
「心配するな。な、助けてやるから…おい!萩原!手貸せ早く。」
「…へ?ああ!」
カーテンが完全に外れた瞬間、
健人までも私と二階の渡り廊下の窓から、落ちちゃうと思った。
…彼は死なないでほしい。
そして…
私は、彼とともに生きたい。
そう思った。
…願いは、かなうだろうか?
最初のコメントを投稿しよう!