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「ね?今日の事、誰が嘘なんて信じると思う?」
声が震えてるのが、自分でも分かった。
「…俺、外で飯食ってくるから。」
健人パパはそういうと、リビングから出て行った。
「そうだな。」
健人は軽く返事をすると私がつかんでいた包丁から、手を離させると包丁をしまった。
「そうだな?先生でいたいんでしょ?」
「まあ。」
私に優しく微笑むと、私の手をひき食卓の椅子に座らせた。
「まあ?」
私の目の前に座って、さっきから笑ってばかりの彼に怒りさえこみあげてきた。
「そんな軽い問題じゃないよ?わかってる?」
「うん。フッ…眉間にシワよってるぞ。」
私の顔をじっと見つめ、指で私の眉間をおしてまた笑顔を見せていた。
「健人…私、ふざけないで聞いてよ!」
「言ったろ、俺が考える。お前は自分のやりたい勉強に専念すればいい…な?」
「私のやりたい勉強?」
「そうだよ、だから…美術科があるあの高校に入学したんだろ?」
「…。」
忘れてた…。
周りの人たちが眩しすぎて…私自身が見えてなかった。
「スケッチブック…いつも持ち歩いていたのに、俺のせいだな。」
「健人のせいなんかじゃない…私が忘れていただけ。」
「忘れてた?」
「うん、健人の事ばかり考えて…た。」
「俺のせいじゃん。」
これまで以上に健人は、笑顔で私を見つめてそっと私の手をつかんだ。
「…俺はアイの傍にいる、だけど自分自身の時間も守る。わがままで贅沢な事を言ってるだろうけど、俺はそうしたい。」
「私は…健人の邪魔だけはしたくない。だから、私も自分自身の時間を大事にする。」
「…できるか?」
「ちょっと!突き放してたくせに、今べたついてるのはどっち?」
「フフッ、俺だな。我慢できなくなってな…原田や萩原に言われた。好きと認めて、すっきりしろってそれから自分の立場守るなり、アイの居場所を守れるって。」
「そう…。」
「ずいぶん前に、アイに…アイが大人になったらなって言ったけどアイは十分大人だな。」
「周りがそうさせたんだよ、パパやママのように人を愛せるのかって…思い知らされたんだもん。正直、怖い…このまま健人の事。失うんじゃないかって…。」
勝手に目の前が霧かかり、あふれ出す涙をぬぐった。
「バカだな、俺はここにいるって言ったろ?アイの傍に。」
「うん、でも…パパのようにちょっとしたことでも疑ったり、嫉妬して健人を困らすかもしれない。」
そう…私はパパの血をひいてる。
「今更なに言ってるんだよ、俺を困らせない日はなかったろ?それでいいんだよ、博史パパさんは博史パパさんで、アイはアイだろ?」
「健人…。」
「困らせてくれないと、一日が終わらない。」
「ちょっと!」
「フフッ。怒ったアイも可愛い。心配はいらない…俺はアイを置いてどこにも行ったりしない。」
そんなこと言われても、私は…隣を歩けない。
「健人…さん。」
「なんだ?なんか、怖いな…改まって。」
「やっぱりいっしょにはいられないよ…。」
「わかった、なら…学校やめる。」
「何言ってるの?先生になるって…。」
「大事な人さえ、困らせてるような奴が教師やってられないだろ?」
「…ごめん、なさい。私、健人の事…本当に大好き、だからこそ。怖いの…健人が先生だからって逃げてるように聞こえたならごめんなさい。」
「アイ?」
「はあ…。」
「アイ。」
健人がそっと伸ばした手を、私は拒んだ。
彼の胸に飛び込んで、声を上げて泣き叫ぶ事ができたらどんなにラクだろう…。
彼に甘えられれば、どんなにラクだろう…。
でも、私は一人で生きなきゃいけない。
高校を辞めて、働こうか?
私に何ができる?
私は何をどうしたいんだろう?
父も母も祖父母もいない、私は本当に一人だった。
ただ…目の前に愛する人がいるだけだった。
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