地獄へランデヴー

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 やってしまった、と僕は思った。  足元に倒れている少女を見る。びっくりした表情で、宙をじいっと見つめている。彼女の名前はメグリさん。高校の同級生にして、僕を追いかけ回していたストーカーだ。  彼女は一方的に僕へ深い愛情を抱いていた。僕はその気持ちを迷惑に思いながらも、彼女を心底嫌いにはなれなかった。メグリさんからの告白を断り、ストーキングが始まった時も、僕はメグリさんを信じていた。思春期にありがちな、痛くて青い一時の感情がメグリさんを支配しているだけなのだ、と。結果として、僕のその煮え切らない態度が彼女を暴走させてしまったのだろう。  先刻、彼女は僕にカッターナイフを突きつけて、身体の関係を持つよう迫ってきた。僕は恐怖のあまりに彼女を突き飛ばして、死なせてしまった。スマフォのダイヤル画面を僕は眺めた。そして、そのまま逃げだした。  息を切らせて家に戻ると、まだ母は仕事から帰ってきていないようだった。父は出張のため、今夜は出払っている。部屋の明かりをつけると、インコのフウ子がばさばさと檻の中で羽ばたき、僕を出迎えてくれた。そんな些細な仕草が日常に引き戻してくれるようで、僕はフウ子に「ただいま」と声をかける。するとフウ子は嬉しそうに返事をした。 「オカエリ、ウミノ君!」  僕は怪訝に思った。いつもフウ子は僕を「カイ君」と下の名前で呼んでいた。フウ子はさらに喋った。 「ワタシ、メグリヨ! ウフフ、アナタノペットニナレチャッタ!」  血の気がざあっと引く。  僕は絶叫し、鳥籠の中にいたフウ子を絞め殺した。フウ子は息絶えるまで激しく暴れ、部屋に羽毛が散らばった。  呆然としていると、母が帰って来た。部屋の惨状を見て、母はまるで全てを察したように優しく僕を抱きしめてくれた。それだけで涙が出てきて、僕は嗚咽を漏らしながら懸命に事情を話そうとした。母は僕の頭を撫でて言った。 「大丈夫よ、海野君。どんな事があっても、私はあなたの味方だもん」  それは母の姿をして、母の声をした、メグリさんだった。彼女はスーツを脱ぎ捨て始めた。僕は手近にあった花瓶を母の皮を被ったメグリさんの頭に振り下ろした。  それからの事はよく覚えていない。恐慌状態のまま僕は街を走り回った。メグリさんは僕が行く先々の人間に取り憑き、愛の言葉を囁いてきた。メグリさんは不死身だった。どんなに殺しても彼女は死ななかった。
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