再び襲来、ずぶ濡れ男

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再び襲来、ずぶ濡れ男

「こんなにビニール傘が飛ぶように売れたのは初めてですね」  このコンビニエンスストアで働き出して一か月のなつきは先輩の秀樹にそう話しかけた。1時間ほど前から降り出した雨は雨足をさらに強めている。 「今日みたいな豪雨の日はよく売れるよ。特に今日は天気予報が大外れだからね」  豪雨のためみな建物の中に避難しているのか、客は今誰もいない。 「なあ、すごい被害が出ているぞ。これ見てみろよ」 「あ、すごいですね」  なつきはSNSに流されている動画を見て驚いた表情を見せた。あるところではがけ崩れで道路が分断。そしてあるところでは家が流されている。被害は広範かつ甚大なようだ。 「これは本当に大変な状況になりましたね」 「ああ、そうだな」  秀樹がそう言った瞬間、自動ドアが開き、来客を知らせるチャイムが鳴った。 「いらっしゃいま…せ…」  なつきは目を丸くした。ライトブルーのボタンダウンのシャツを身にまとったずぶ濡れの男が鬼の形相で駆け込んできたのである。男はカゴを勢いよく手に取るとおにぎりのコーナーへ走っていき、片っ端からおにぎりをカゴに入れていった。男はすべての陳列棚にならんだおにぎりのおよそ半分をカゴに入れると、一瞬動きを止め、そのカゴをレジに持って行った。 なつきは一瞬きょとんとしたが、あわててバーコードの読み取りを始めた。働き始めて一か月で不慣れななつきだけでは手に負えないので、秀樹はバーコードを読み取ったおにぎりを袋にどんどん詰めていった。 合計38個のおにぎり。会計は5000円を超えた。公共料金や携帯電話の料金を含む支払いを除いて、5000円を超える会計はほんとうに珍しい。ましてや、おにぎりだけで5000円を超えたのは初めてだった。 「ありがとうございました」  そうなつきが言うと、男は左手に今買ったおにぎりの入った袋、右手には別な買い物袋を持って脱兎のごとく外へ走って行った。 「今のはなんだったんでしょうね」 「さあな。一瞬この店のおにぎり全部買い占められるかと思ったよ」  秀樹となつきは困惑した表情を見せた。
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