ずぶ濡れ男が背負っていたもの

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ずぶ濡れ男が背負っていたもの

「うまくいったか?」 「はい。119個、おにぎりを手に入れてきました!」 ずぶ濡れで戻ってきた田中は、上司の斎藤の前にコンビニのビニール袋を3つ差し出した。 「よくやった」 斎藤は田中をねぎらい、続けざまに言った。 「よし、これを局内にいる技術、記者、ディレクター皆に配れ!」 「はい」  そう言うと、田中は1階の報道フロアに向けてビニール袋片手に階段を駆け下りていった。  報道フロアでは人がごった返している。そして連絡の音声が鳴りっぱなしだ。 「おいみんな。晩飯が届いたぞ。今日は徹夜になるかもしれん。大変だけどよろしく頼むぞ」  そう叫んだのは報道部の坂田デスクだ。  1時間と少し前から降り出した大雨は広い範囲で甚大な被害をもたらした。各地で崖崩れが起こり、家が流され、死者も出ている。報道部の記者や技術者、ディレクター陣は、被害の状況の取材やライフラインの状態、救援物資や避難所の情報などを集めるためすでに駆けずり回っている。彼らにとって今日の夜はかなり長いものとなる。  激しい雨音は止む気配が無く、客足も完全に途絶えている。大東と牧人は事務スペースで休憩を取っていた。 「しかし店長、すごいですね」  牧人は大東の推理を聞き、感嘆の声をあげた。 「ああ。息子がテレビ局でアルバイトをしていたことがあってな」 「でも、それだけ急いでいたならどうして何店舗にも分けておにぎりを買っていたんでしょう?タイムロスな気もします」 「近隣住民への配慮だよ。だって、1店舗ですべて買い占めてしまったら、近所の人々はどうなる?ただでさえこんな状況だ。近場のコンビニに全く弁当やおにぎりがなくなっていたら近所の人は絶対困るだろう」 「なるほど…」 「いいか、アナウンサーや記者によるレポートといった、表舞台に立つ華やかなことだけが仕事じゃない。こういう裏方の細かい仕事もとても重要なんだ。牧人君も将来わかるときがくる。覚えておくといい」  牧人は納得したような表情でうなずき、大東の顔を見つめた。 「しかしこの雨、止みますかね」 「止まない雨はない。じっくり待とうじゃないか」  大東は牧人にそう言い、缶コーヒーをポンと渡した。 「ありがとうございます」  牧人はそう言って缶コーヒーを開け、携帯のワンセグを付けた。テレビでは大雨被害の状況を伝えるヘリコプターの映像が映し出されていた。
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