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んっ、あれは鳥居か。荒れ放題の草むらの先に隠れるように確かに鳥居らしきものがある。こんなところに神社があるのか。なぜかその鳥居から目が離せなくなった。心の中では早く車を動かせと叫んでいるのに、足はアクセルを押そうとしない。
ごくりと生唾を呑み込み、ハッとなる。
二つの赤く光るものが灯った。あれは目か。
ダメだ、早く車を。頼むから。額から玉のような汗が流れ落ちる。なぜだ、目が離せない。
気が付くと俺は車から降りて腰まである草の中を掻き分けて鳥居に向けて歩みを進めていた。
馬鹿、よせ。身体が勝手に動いてしまう。
「こっちへ来い」
女性のか細い声が脳に響き渡る。
嫌だ、行きたくない。
「そうだ、こっちへ来い」
鳥居まであと一メートルとなったとき、白い手が飛び出して俺の左手首を鷲掴みにした。
ダメだ、俺はもう終わりだ。恐ろし過ぎて声も出ない。
そのとき突然雷が鳴り響き大粒の雨が叩き付けてきた。
「タモツ」
身体を突き抜けていくような背後の声にビクンとなり、気が付くと車の中に俺はいた。女性DJの声が聴こえている。
さっきの声は五年前に亡くなった父の声だった。助けてくれたのか。空は嘘のように星が瞬いている。夢かとも思ったのだが、左手首に残る赤黒い手の痕が真実だと物語っていた。
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