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早足に歩くハイヒールの靴音が、暗く淋しい夜の街に木霊する。
仕事帰りのOLらしく、タイトなミニスカスーツのよく似合う、長い黒髪の、若くて美しい女性である。
その後を、僕も付かず離れずのスピードで、ずっと同じ距離を保ったまま追いかける……。
どうやらつけていることに気づかれたらしいが、ここまでくればもうかまやしない。
電車の中で彼女に目標を定めた僕は、駅を降りてからずっと、密かに後を追いかけているのだ……もちろん、この抑えきれぬ牡としての欲望を遂げるためである。
時折、彼女は後を振り向きながら、歩く速度を徐々に上げてゆく……。
歩きづらいハイヒールながらも必死に僕をまこうとする彼女であるが、そのために選んだ道が災いしてか? いつしか賑やかな大通りから、人気のない、暗く淋しい裏通りへと辺りの景色は変わってしまっている。
ようやくそのことに気づいたらしく、彼女は慌てて走り出すと、傍に見つけたビルとビルの間の非常に狭い路地へと逃げ込む。
だが、それはむしろ自殺行為だ。僕にはここら辺に土地勘があるが、その先は確かすぐに行き止まり……最早、袋のネズミである。
「逃げなくてもいいじゃないですか? さあ、一緒に楽しいことしましょうよ」
すでにバレているのは明らかなので、僕は口元に笑みを浮かべながら、彼女に聞こえるように言ってその路地へと曲がる。
「……あれ?」
だが、不思議なことに、暗くとも奥までよく見通せるその路地裏のどこにも、彼女の姿は見当たらなかった。
おかしい……身を隠すようなものもどこにもないというのに、いったいどこへ行ってしまったというのだろうか?
と、煙のように消え失せた彼女に、僕が訝しげに小首を傾けていたその時。
「来てくれるの、待っていたわ……」
不意に耳元で、そんな女の背筋に怖気が走るような声がした。
「ひっ…?」
思わず顔を引きつらせ、後を振り返る僕だったが……
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