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大勢の人々が行き交う大通りで、男はポケットから折り畳みナイフを取り出すと、その鋭い刃をおもむろに引き出す……。
彼は特に理由もなく非常にイライラしていた。そして、その捌け口に誰でもいいから、とにかく人を刺してやりたいと思っていた……。
「全部、お前らが悪いんだ……」
血走った眼に殺気を宿した男は、その時、傍を通った若いOL風の女性の背中にいきなりナイフの刃を突き立てる!
瞬間、彼の脳裏には、女性の発する悲痛な叫び声と、路上を染める真っ赤な鮮血の映像が浮かび上がる。
「ヘへ、ざまあみろ……え?」
……だが、女性は何食わぬ顔で、そのまま何事もなかったかのように歩き去ってしまう……いや、それどころか刺した背中からは一滴の血も流れてはいない……。
男は予想外の展開に唖然とした……。
「ど、どうなってんだ? 確かに背中をナイフで刺したのに……」
……いや、違う。手に刺した感覚がない……ナイフは、まるで彼女が幽霊ででもあるかのようにその身体を通り抜けたんだ!
「幽…霊…? ……い、いや、そんなバカなことあるか! い、今のはきっと何かの思い違いだ!」
その不可思議な現象に、一瞬、そんなことを思ってしまう彼だったが、頭をフルフルと振って気を取り直すと、今度は隣を通ったサラリーマンの腹にナイフを突き立てる!
「……な……どういうことだ?」
……だが、やはりさっきと同じだ。ナイフばかりか、男の手までがサラリーマンのメタボな腹を通り抜けてしまう。
「く、くそったれがっ!」
男はさらに前から来る中年女性の胸をナイフで突き刺す……案の定、結果は同じである。
「そんな……バカな……くそっ! ふざけやがって!」
大学生、老婦人、女子高生、幼児を連れた母親……男は意地になって周りにいる者達を片っ端から無差別に突き刺してゆく……。
が、これまで同様、その凶行はすべて徒労に終わり、血の雨を降らせるはずのナイフは空しく彼らの肉体を通りを抜けるばかりだ。
「……い、いったいどうなってる? 生きてる人間の身体を刃物が通り抜けるはずがねえ……ま、まさか、ここにいるやつらは、みんな……幽霊……?」
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