かぶそ

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夜釣りのさなか、私は「かぶそ」に出会った。 見ればタモに入れていた魚は消え失せ代わりに白い石のようなものが入っている。 それを月明かりにかざしてみれば、どこか人差し指の骨にも見えた。 「『かぶそ』これは何だ?」 暗闇にたたずむ彼はそれには答えず、ただ『けけけ』と笑った… …昔、「かぶそ」と呼ばれる追いはぎがいた。 少しふくらんだ鼻もとに小さな目、男はどこかカワウソに似た顔をしていた。 「かぶそ」は寡黙な男であった。 同業者のあいだでもめったに話しをせず、主に山中の川沿いの道をなわばりとし、魚釣りの人間に混じって相手を物色するのが常であった。 ほどなくして、「かぶそ」に変化が起きた。 追いはぎをしたのち道中に決まったようにカワウソの死体を置くようになった。 「かぶそ」曰く、それはお守りのようなものだという。 「旅人ってのは、案外迷信深いもんだ…俺みたいな盗人に…荷がとられたとしても…道中に死んだ生き物がいれば…そいつに化かされたと思い込んじまう…最初に俺の背中を切りつけた浪人も…道端におちてたカワウソを見て…信じ込んでいたからな…」 そう言うと「かぶそ」はぐつぐつと笑った。 その背にはまだうっすらと刀傷の跡が見えていた。 そんな「かぶそ」がカワウソの群れに襲われたと聞いたのは半年ほど前の事であったか。 なんでも、子供のいる巣に手を出して、体中を噛み付かれたという話である。 それから三日三晩「かぶそ」は高熱を出してのたうちまわり、肉も喰えなくなり、今ではすっかり縮み込んで漁師の周りにまとわりついては、けちくさく魚をねこばばするようになっていた。 …そして今、俺の前にいる「かぶそ」は目をぎらぎらと光らせこう言った。 『しかたないでしょう、親だけならともかく子にまで手を出しちまったんだから、これはいわゆる「天罰」ってえもんじゃあないですかね?ま、あっしという最低な人間がいたことだけでも覚えていただければもうけもんですよ…』 そう言うと「かぶそ」は、魚臭い匂いをまきちらしながら夜の闇へと去って行く。 私は呆然としながらもその様子を見送った。 そして同時に思った。 あれは、本当に私の知る「かぶそ」なのだろうか。 この骨は誰のものなのか、と。 ただひとつ確かな事はこの辺りには「かぶそ」が出るというその事実だけである…。
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