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「ご挨拶にはいずれ窺わせて頂くとして、見て下さいよこのデータの山!とにかく今日はこれを片づけないと」
かといって、下手に取り乱して地雷を踏むなんてもってのほかだ。
その手に乗るかといいたい気持ちをぐっと堪え、パソコンを指さしながら東雲さんと向き合った。
あくまで仕事上の割り振りを用いて逃げ道へと辿りつこう。
頭の中で駆け引きを考えながら切り出したその時、ポンポンッと、場に似つかわしくない優しいリズムで背中を叩かれた。
振り向くと梶浦さんが、身を乗り出して私を見つめていた。
穏やかで慈悲深く、そしてどうにもならない憐れみを湛えた菩薩のような表情で。
「続きは俺がやるから、連れてもらっておいでよ」
ごめん、俺にはこれしかできない。
そう謝罪する梶浦さんの心の内が手に取るようにわかる。
それほど、背後で私たちを射抜く真野さんの眼力はすごかった。
コラムのために取材に行くということ。
仕事人間の彼の前で、それを拒否する勇気などあるわけがない。
「いいなあ!俺も行きたい行きたい」
「今次は午後取材だろ」
「そーだった、愛実ちゃんとお店に来たカップルごっこしよ」
前方には鬼神のごとき上司、間に菩薩と馬鹿を挟んで後方に悪の根源ともいえる変態。
どこへ向かって走って行っても、望まない未来しかないのは同じこと。
「じゃあ早速行こうか。小見さん」
これはいっそ、いずれ来たる勝利と慰謝料を掴む日、それに向け与えられた試練だと思って頑張るしかない。
でも、ニッコリと得体の知れない(いや、ある意味知れてる)笑みを浮かべる東雲さんを見る限り、証言台へ立つより先に鉄格子の向こう側へ行く羽目になりそうだ。
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