第二章 異世界と自分の価値観

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 会話の最中にも、ジリジリと歩み出す魔物を前に、さてどうするかと悩む。そう言えば、この世界に来たが……道具が果たして揃っているかを確認していない。 「……札無し、陰陽具(いんようぐ)も無しか……サービス悪いな」  ついつい、声にする。すると閻が何か気付いた。 「も、もしや、シト様は陰陽師でしたか!? お札! お札が無いとですよね!」  この慌てふて巻く姿が、距離はあれど敵にとってチャンスと判断され、歩みから大地を荒々しく駆け出して始めたのだ。 「札はあれば良しと言いたいですが、無ければそれはそれで仕方ないですよね」 「――そ、そんな! 陰陽師の方は、お札が無いと術を発動出来ないではありませんかッ!!」  途端にパニックになる閻の声に、それはそうだと納得しながらも、息を一度吐ききる。空ぽっにした肺に、今一度空気を溜め込む。  まあ、なんだ。地球より空気が新鮮でおいしく感じれる余裕はあり、それでいて少し不思議な感じがした。それでも、その僅かな間に、ディーンズウルフは最早数メートルの場所まで詰め寄る速度は、驚きもある。 「――『発現をせよ、龍脈技(りゅうみゃくぎ)』」  詠唱とも言える言霊が、身体を瞬時に活性化させ、魔物の動きが徐々に遅くなる。それは、映像が低速に流れるのを見ている感覚。これは慣れたもので、シトはそれに合わせて身体をゆっくり動かす。  そうとは言え、その動きは襲いかかる為にジャンプして飛び掛かるディーンズウルフよりは速い。そして、力を入れる事なくしゃがみ込むと…… 「――よッッ!」  右と左の拳を同時に素早く二体の腹に目掛けて繰り出す! この瞬間、突如流れが徐々に加速を始め、呼吸をする間に全てが元に戻る。  その刹那、ディーンズウルフの腹部に突き抜ける衝撃は多大な威力。唸るよりも二体の身体は、横から一転、上空目掛けて飛び上がると同時、身体に喰らったダメージを認識する頃、今度は地面に強く叩き付けられた。 「……龍脈技は発動可能。手加減したつもりだけど、思った以上の威力が出たか……」  ゆっくりと立ち上がりながら、腕を下ろし、今の感覚と以前の感覚との違いを冷静に分析すると、その光景を目の当たりにした閻が瞬きを重ねて口にする。
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