第二章 異世界と自分の価値観

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「……シト様……その……格闘技を得意とされているのですか?」 「そう見える?」 「……いえ」  容姿からすれば、格闘が得意など思われる訳がない。その素直な感想が物語る。 「取り敢えず……あれ? まだ立ち上がるのか」  地面で動かないディーンズウルフであったが、よろよろと立ち上がり始めた。それに気付く閻が「このままでは仲間を呼ぶかも知れません」と次なる懸念材料が耳に入れば、のんびりもしていられないと理解し、右手を突き出す。 「仲間は勘弁して欲しいので……」  人差し指、中指を立てながら印を宙で描く。 「『土陽行、現に脈打つ地の矢、殲滅の飛翔と成せ――石翔弾(せきしょうだん)』」  完成させた言霊に合わせ、指先より紋章方陣(もんしょうほうじん)が発現する。それは五芒星に模した陣内に、“土”と“陽”の文字が浮かぶ。  ――同時、立ち上がるディーンズウルフの足元に変化が起きる。それは、瞬きも許さない刹那であった――大地より解き放たれたのは、岩石で出来た弓矢が、複数一斉に二体目掛けて発射されたのだ。  豪快に空気を貫き、岩石の矢は容赦なく、魔物達を射ぬくと――最後は下降して再び襲いかかり、魔物の息の根を完全に仕留めた。 「手加減したつもりだけど……なんか感覚が違うな」  腕を下ろしながら、首を傾げる。チカラは発現するが思った以上の威力だと考えていると…… 「ま、魔法を使えるんですか? 此方に来てもう――そ、それとも、閻魔様から何か授かったのですか??」  目を丸くしながら、一気に質問始まる彼女に、逆に何か動揺する事態であったかと、シトは情けない表情を見せる。 「……もしかして……閻魔から何も聞いてないのですか?」 「……お話ですか?」 「閻魔からはなんて言われているんですか?」 「シト様のお名前と、退魔師として高い適応能力を持つ方で、この世界で不自由な暮らしをさせない様に務め、ひれ伏し、崇め、奴隷となりなさいと仰せつかりました」 「……」  あの閻魔は一体どの様な性格で、思考回路がまともであるのか疑いつつも、あの強気の口調で勝手に言ってそうだから妙に納得してしまう。  それでも、そんな命令でも聞かなければならない閻は、本当に気の毒としか思えてならない。
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