【春】1.月光の使者たち

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「時田、」  名を呼ばれ、夕日に呆けていた背が動いた。  長い間考え事をし、頬杖をついていたため肘が赤くなっている。その赤みが目立つほど白い肌をした男だ。外国の血が混じっているというよりは、病的な白さである。  瞳は宇宙を丸めて詰めこんだように黒くて大きい。幼い顔つきに背丈も低く、齢十八の男だとは誰も思わないだろう。  時田(ときた) (ひじり)。それが彼の名前である。  聖は固まった身体をほぐすように大きく伸びをした後、声の主である男子生徒に振り返って微笑んだ。言葉は発さない。相手の言葉が続くのを待っているのだ。 「その……予約したいんだ。そろそろアレだろ?」  男子生徒は慣れていないらしく、誘いの言葉に初々しさが残っていた。彼は頬を赤く染めながら、横目で黒板の日付を確認する。  四月。前回から三ヶ月が経っている。予想通りならば今日明日にでも起きるはずだ。この学園を惑わせる、聖の変化が。  聖は鞄から手帳を取り出しページを捲った。月別スケジュールのページは二月、三月共に真っ白だが、四月のページにはびっしりと名前が書いてある。 「……空きは、ないかも」  名前が書き込まれているのは四月の一週間だけ。細く白い指先でそれをなぞりながら読み上げる。 「最初の日は、午前中が津島くんと北川くん。午後は保健室。夜は二年の子たちと――」 「一緒でいいから!」  待ちきれないと、聖の声を遮って叫ぶ。 「津島や北川たちと一緒でいい。だから俺も混ぜてくれ」 「三人まとめて、ってこと?」 「ああ。とにかくお前が欲しいんだよ、時田!」  その言葉に聖は頷いた。そして津島北川の下に、男子生徒の名前を書く。  求められているのだから、答えなければならない。  書き終えた名前を一瞥した後、手帳を閉じた。  未使用の陶器に似た白い肌に憂いが浮かぶ。怠そうに伏し気味な瞳が、遠くを見つめていて――聖の様子を眺めていた男子生徒が生唾を飲んだ。
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