●【春】5.嘘の代償

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 綺麗にセットしたリュウの前髪も汗に濡れてだらりと垂れ下がっている。煩わしそうにかきあげて、深いため息を吐く。 「ヒートは経験があるが……あそこまでブッ飛ぶものは初めてだった」 「オレも。頭がぐちゃぐちゃで、理性なんて欠片もなかったね」  アルファ性だけが持つ『ヒート』。オメガのフェロモンに反応して起こる、強い性衝動だ。一度支配されてしまえば、意識を失うまで理性は戻らず、欲望のためだけに存在する獣と同然になってしまう。  そのヒートから解放された二人の身体はひどく疲れていた。  狂宴の中。あれは何度目のことだったか。達した後、かすかに理性を取り戻したトラが見たのは、悲惨な状況だった。  引き千切られた体操服とその中央で揺さぶられる人形。呻きに近い嬌声を聞いてようやく、それが聖なのだと気づいた。  飛び散った精液から雄の臭いがする。トラ自身も、衣類を身につけず、性交の後だろう体液が付着していた。  マットの上では狂ったように人形を抱くリュウがいる。数分前はトラもそうしていたのだろう。  ヒートしていた。聖のフェロモンにあてられてしまったのだ。今にも溶けてしまいそうな理性の糸をなんとか掴み、脱ぎ捨てていたカーディガンのポケットを探る。  非常時のために持ち歩いていたヒート抑制剤を取り出すと、迷わず打ち込んだ。
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