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物心がついた時、聖の性が判明した。
アルファと期待されていた時田家の三男坊はベータだったのだ。
アルファやベータは幼い頃にも判別することができるが、オメガは難しい。ほとんどがベータだとみなされ、十代の頃に発情期を迎えてオメガと気づくことが多いのだ。
それでも家に残ることが出来たのは、母の尽力によるものだ。正妻ではなく妾の立場だった母は、ベータとして産まれた聖を守ろうと尽くし、病に蝕まれた。
その母が、庇護者が亡くなってしまったのだ。
いよいよ聖の居場所はない。別れの言葉もなく、母の形見を手にすることもできずに、ごみを捨てるように外へ追い出され、この夢に繋がっている。
父親に捨てられた聖はどうすることもできず、家の前に座り込むしかなかった。
このまま雨が降り続き、いつかは死んでしまうのだろうか。そうなれば、亡くなった母に会えるのかもしれない。
五歳の子が外に出されて、もう数時間が経っていた。体温が低下し、意識が朦朧とする。
そんな中――声がした。
「聖くん? ねえ、どうしてここに……」
従弟である信清の両親だった。
時田の姓を持ちながら、本家と異なり、庶家として扱われている一家。それが信清の家である。
表向きは分家だが、実際は本家との関わりを絶たれた庶家である。それは聖の父の妹にあたる信清の母がベータとして産まれ、同じくベータの相手と結婚をしたからだ。
そこまでの経緯に様々な苦労があったことだろう。時田家に見放される絶望を知っていたため、聖が置かれている状況も容易に察しがついたらしい。
「ぼくがアルファだったら。ぼくがベータじゃなかったら――」
「聖くん……!」
ずぶ濡れの聖を包み込む、温かな腕。それは母に似た温度で、だが母と違う匂いがするのだ。
幼い聖は理解した。
母を、家を、すべてを失ったのだ。何も残っていない。
これも、自分がベータだったから。アルファになれなかった不完全なものだから、すべてを失ってしまったのだ。
この日から聖の帰る場所は変わった。
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