●【冬】3.絶望の踊り子

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 ああ、裏切られた。リュウとトラに抱いた淡い気持ちまで、報告されていたのだ。  襲いかかる絶望感に、気力が奪われていく。  室内にいるはずなのに土砂降りの雨に晒されているようで、話し声にいつかの雨音が混じっていた。 「お前を売る。そうすれば金嶋の犬に成り下がることはなく、さらにお前が産み出した金で我が時田家も救われる」 「……っ」 「喜べ、息子よ。お前の存在が求められているのだ。時田のためにその身を捧げよ」  何も、言うことが出来なかった。悲しみで喉の奥が塞がれ、暴れる力も残っていない。  父が背を向けた。杖をついて歩く姿は、聖の知らぬ老いた姿だったが――何の感情も沸かな かった。 「お前がオメガで、役に立つ息子で――お前が誇らしいよ」  杖と、足音。二つの音が遠ざかっていく。  壊れてしまう。  リュウとトラに与えられた時間は幻。戻ることはできないのだ。  これだけ黒く沈み込んだ身体でも、どこかで花火の音を探してしまう。『欲張りになれ』と聞いた時の、心の鎖が弾け飛ぶ感覚。  手からこぼれ落ちてようやく、知ったのだ。  あの時間の名前は。二人と共にいた時の聖は。  幸せ、というのだろう。
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