嫌いなアイツ

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図書室のスピーカーからほたるの光が流れ始めた。ふと顔を上げると、古ぼけた本棚や机がオレンジ色に染まっている。 少し前までのこの時間は夜の闇の中だったと言うのに、冬は春になった。あと数カ月もすれば、暑い夏がやってくる。 読みかけの本を閉じると、空人は大きく一度伸びをした。相変わらず誰もいないこの図書室はもはや空人の専用部屋と言っても過言ではない。 多くの生徒は放課後になると早々に学校を出て友達と遊びに行くだろうし、そうでなければ部活に打ち込む。一時期、手を繋いだカップルが扉を開けることはよくあったが、空人の姿を見ると、バツが悪そうに踵を返した。 ここは図書室だ。本を読むのが目的じゃない奴らに譲る必要などない。 黒板の上の時計が17時50分を指していた。 「最終下校時刻です。まだ校内に残っている生徒は速やかに下校してください。繰り返します」 放送部の生徒が気怠げな声で下校を促す。 読みかけになっていた本を閉じ、黒板の前にある貸し出しノートに必要事項を書き込んだ。 席に戻り、本を鞄にしまおうとチャックを開けた時、中に入っていたその派手な黄色い冊子は目に入って来た。 数か月前、1年生全員がもれなく強制的に書かされた「1年生を終えて」と言う作文を冊子にした文集だ。 終業式の今日、晴れて生徒たちの元に配られたのだが、おそらく多くの生徒はこの先これを開いて読み返すことなどないだろう。 空人ももちろんそのうちの1人だ。人気作家のオムニバスなら喜んで開くが、どこにでもいる16歳の高校生たちが教師に無理やり書かされた400字なんて見る気にならない。
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