非日常

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非日常

分割された大型モニターに背広を脱いで腕まくりした男が一人マイクをもって話している。 遠目だが手塚には本社社員でTaraのチーフエンジニア入江秀成だと分かった。 ーーー社内報に載ってたな。 入江の挨拶が終るとスピーカーからはノリのいい音楽が流れだし、モニターではドライバーが車に乗りコースを走りだす。 レモンイエローのv-7Rはスポーツカーだオンロードコースを走り。ワインレッドのTaraはSUV車でスタイリッシュなデザインだが力強く足回りの悪いオフロードをイメージしたコースを走っている。 さんざめく歓声と共に2台はデモ走行コースを走り終える。 綺麗に2台が並び止まった車からドライバーが降りる。 入江がまた挨拶の言葉を言ってデモ走行は終わりだと思った。 スピーカーから指示用インカムつながりでやたらいいテノールが響く。 『秀チャン、give me a kiss!』 間抜けな感じで入江が 「は…?キス?接触したら事故じゃないっすか…」 『え~、じゃあshall we dance?』 「踊りませんか?って…日野さんあんた…」 『いいじゃん、お前のお姫様(Tara)とv-7チャンで』 苦労性っぽい若い男の声が響く。 『先輩、悪い癖ッス。入江さんすみません』 「相馬君は悪くないよ」 また別のスタッフの声が入る。 『入江さん、コース水まきます?』 「わ~スタッフさん、勘弁して!」 『秀~』 『…入江さん、特別エキシビションにして希望者だけの前ならいいんじゃないっすか?』 入江が深い溜め息をつく。 「え~…これから少々特別エキシビションを行いたいと思います。危険な走行を含むため自己責任で希望者観戦者のみ残って下さい。繰り返します…」 マイクから入江が注意を促すアナウンスをする。 俺は俺の左前を動かない佐伯の作業着ベルト部分を無意識につかむ。 「手塚さん?」 俺は"危険な走行"アナウンスについ昔交通事故で亡くした友人を意識した。 バイク事故だったが交通事故で即死だった。 "危険な走行=交通事故"だったとして事故は一瞬だ。無意識に守りたい人間に手を伸ばしたが死神の鎌は人が思うより一瞬だ。 目の前の大型モニターに映し出されるのはTaraのドライバーとTaraチーフエンジニア入江が交代する姿だった。 スピーカーにアナウンスマイクと指示用インカムの混線が響く。 『入江さんチェックどうします?』 「タイヤとサス回りだけ」 「ったく、お姫様の足さばきを特とご覧あれ」
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