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本所不思議夜話
頬を撫でる風は秋を香らせる、江戸の町――
とある芝居小屋に、このあたりでは名の知れた留蔵という役者がいた。
そこへお駒という若い娘が下働きにやってきたのだが、留蔵はその器量の良さをすっかり気に入り、無理やりに傍に置くようになった。
お駒はというと、留蔵の世話はしつつも、ほかの若い役者に惚れており、どうにか一緒になりたいと考えていたのだ。
留蔵はそれを良しとせず、お駒の隙を狙い手籠めにしてしまおうと幾度も謀ったことがあるが、いずれもうまくゆかなかった。
ある満月の晩、自らになびかないことにたまらなくなり、留蔵は芝居小屋の傍らにある葦の生い茂る堀にお駒を呼び出した。
「私はあなたとは一緒になりません」
頑なに拒むお駒に痺れを切らした留蔵は、懐に忍ばせていた短刀で女の手首と足首をひとつずつ落としてしまった。
「この手があるから若造をたぶらかし、この足があるから俺から逃げるのだ」
月に雲がかかるのと同じくして、血に濡れたお駒の身体と切り落とした手足を堀へ投げ捨てた。
女の身体は浮かんでこなかった。
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