炭屋旅館

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「料理というのは、どこまでも理を料ることで、不自然な無理をしてはいけないのですが、昔のフランス料理は、大皿でみなで分け合って食べていた。料理は進化している。今がこうだからといって決め付けなくてもよろしいのではと思います。 スペインのカタルーニャ地方では、 海と山を意味する、マール イ モンターニャ という、肉類と魚介類を一緒に調理をする料理があります。  茶懐石の、海のもの、山のものを八寸の器で一緒にお客様にお出しして、海と山の自然の恵みをあじわっていただく八寸と通じませんか? 要は、陶器にかぎらず、絵でも字でも、また料理でも同じことでありますが、例えば庖丁をもってさかなを切る、すると、その切った線ひとつで、料理が生きもし、死にもする。気の利いた人がやると、気の利いた線が庖丁の跡に現われ、俗物がやると俗悪な線が残る。これは単に、刺身庖丁が切れるとか切れないとかいうことでもなければ、腕がよいとか悪いとかいうのでもありません。それは、その「人」の問題であります。要するに上品な人がやれば、上品な線になり、上品な姿を現わします。 茶懐石においても大切なのは、その品というものでは、ないでしょうか?」 と魯山人が言うと、コウさんは、 「先生のお言葉をいただいて、励みになりますわ。 ありがとうございます。」 と言った。 コウさんと私ほ、窓の外の雪に反射する青金色のまぶしさに一瞬目を閉じた。 目を開けると、 ぽこぽこと土鍋の湯が沸く音が心地い音が静かな部屋に響いているだけで、魯山人の姿は消えていた。
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