第十三章 筆折り損の

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「……あんたが、好きだ」 「でもわからなかったんだろ」  足の上に井上の体重がかかる。  ストンと座り込む井上の重みを感じて喉のあたりに引っかかっていた心の蓋がポロリと取れた気がした。  小さく睨んでくる井上を見上げる。 「もうわかった。あんたが好きだ」 「…それで?」  井上の眉間にしわがよる。  まだ怒っているようだ。  でもジワリと浮かんだ涙でふてくされた小さな子供のようにも見える。 「今日が結婚式なのは知らなかったけど最初から好きだったって気付いたからすぐに会いたくて来た。俺はずっとあんたのことが気になってしょうがなかった。好きな人より気になってた。だから」  最初の一言が見つかればもう言葉には困らない。  井上は変な顔で視線を彷徨わせた。  もしかして照れている…のか。  井上の耳から首筋は赤い。  胸ぐらを掴んだ手はもはやすがりついているのと大差なかった。  その姿を愛おしく思う。  他の誰にも思ったことのないほど。 「だったら」  井上がポツリと言う。 「だったら…?」 「抱けよ…平」  井上の目が揺れた。  涙とその奥に秘められたそこはかとない欲で濡れた目に引き込まれる。  女豹のようなあの色気が今度は俺を飲み込んでいく。 「…俺と付き合ってくれるなら」  囁くように言うと井上は不満げに眉を寄せる。 「時間かかりすぎだ平」 「あんたの手が早すぎなんだ」  井上の顔がようやく小さく微笑み、その手にそのまま引き寄せられる。    はじめてちゃんとしたキスをした気がした。      
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