第十三章 筆折り損の

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 一年後 「平……また書いてる」 「締め切りあるから」 「朝甘えたいじゃん。俺今日休みなんだけど」 「俺はここにいるだろ」 「俺はこっちにいるじゃん」  キーボードを叩く手を止め振り返ると、ベッドの上で唇を尖らせる井上はTシャツ一枚で布団を引き寄せた。 「とりあえずパンツ履いてください」 「いいじゃんもう一回すれば」 「この淫魔…」 「淫魔じゃない。ただ淫乱なだけの男だ」 「同じだろ」  全くケツを掘られる方のセリフじゃないだろう。  我が恋人ながら朝っぱらから性欲のお盛んなことだ。  今書いている原稿の締め切りが近いのは本当だった。  それでも間に合わないほど追い詰められているわけではないが ”何も書けない期”と呼ぶスランプ がいつ来るかわからない以上筆を止める気はなかった。  画面に向かうと背後から朝日と一緒にあからさまに不機嫌なオーラが伝わってくる。 「確かに俺書けって言ったよ?筆を折るのはもったいないとは言った。でも俺が放って置かれるとは思ってないんだけど」 「うん」  適当な相槌を打ちタイピングを続ける。  羽川胡太郎に折られた筆は、彼が願ってくれた通り順調に物語を描いている。     
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