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「遺体を郷里の山梨県に運んで土葬にしたい。ただ、その時にお願いがあって、現地に近づいたら私に運転させて欲しい。それで貴方に目隠しする事をお許し願いたい」
と言うことでした。
これには、さすがに親父も異常な空気を感じたらしいです。若い頃から葬儀屋をやってきたがそんな事は初めての事だったと言っておりました。親父は
「ところで故人は男性の方ですか?女性の方ですか?また、お客様との関係はどう言う関係にあたりますか?」
と尋ねたそうです。
「故人は男性です。私達夫婦には遠縁の者になります」
とのお答えでした。親父も気乗りしませんでしたが、どうしてもと言うので渋々お受けしたんです。
親父はその晩、早速、納棺のために世田谷にあるお客様の御自宅にお邪魔しました。お宅は閑静な住宅地の中にある、ちょっとしたお屋敷でした。
最初、親父は若い助手を連れて行く予定をしておりましたが、故人の顔を見せたくないので一人で来て欲しいと言うので、仕方なく、一人で向かいました。お宅に着くと、御主人に手伝って頂いて、車から棺桶を下ろして、座敷に置きました。
御主人が親父を応接室に通し、
「納棺は家内と二人でやりますから、こちらでお待ち下さい」
と言って、御夫妻で座敷に入られました。やがて暫くすると、御主人が出て来て、
「申し訳ないですが、遺体が重くて家内には持てません。お手伝い頂けますか…ただし、顔は絶対に見ないで下さい」
そう頼みました。
親父もやっぱりと思ったそうですが、仕事ですから、御主人について座敷に入りました。布団ごと引きずって来たのか、先程置かせて頂いた棺桶の隣に布団の上に寝かせられた遺体がありました。遺体の顔には白い布がかけられ、わずかに顎と口元が見えました。
「良いですか…持ち上げますよ!」
御主人がそう言って、
「一斉の勢!」
で、二人で遺体を持ち上げました。その時のはずみで、遺体の顔にかけられていた白い布がずれました。
その途端、御主人が、
「見るんじゃない!」
と怒鳴りました。親父は反射的に顔を背けました。こうして、無事に遺体は棺桶に納められたのでした。
しかし、ほんの一瞬でしたが、親父は遺体の顔を見てしまったような気がしました。
その顔には眉も目も鼻も無く、顔にあったのは口だけだったように見えました。それはほんの一瞬でしたから、親父は目の錯覚を疑いました。
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