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俺も同学年の皆と同じく、重大な進路選択を控えた身である。その自分を「受験のことで少し」などという文言で呼び出す以上は、何かしらの重要な要件があるのだろう。
しかし、学年や科目の担当ならともかく、すでに引退した部活の顧問である。一か月程前から変わらない、気の抜けた電話口の声である。
あまりのミスマッチに、応接エリアのソファに背を預けることも出来ず、落ち着きなく視線だけで時計を伺う。
無音の秒針がするりするりと回り続ける。見つめているやかんは沸騰しない、見つめているデジタル時計は時を刻まないというレトリックを聴いたことがあるが、しかしアナログ時計に関してはそんな言葉を挟む余地は一切ない。止まることなく回り続けていく。
午前一杯の終業式、および各種注意事項伝達という苦行を終え、解放された運動部がグラウンドに繰り出している。位置関係的には離れているこの部屋までもランニングの声が届いている。
授業から解放された悦びか、次の大会へ向けて既にエンジンがかかっているのか、それとも夏の暑さに対抗したいのか、声はいつもよりも力強い。同じく昨日よりも勢いを増したものとして、蝉の声があげられるが、夏の風物詩と並べてしまっては流石に彼らの気合いが小さく思えてしまうので、比較はやめておく。
どうでもいいけれど、五月の蠅よりも八月の蝉の方がよっぽど「うるさい」と思う。
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