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「ナイスサーブ!」
彼はいつでも一生懸命だ。見ているだけでほう……と小さな息が漏れるくらい輝いている。少し日焼けした肌に、真剣な顔をくしゃっと崩して笑うときがとても格好いい。サービスエースがとれたとき、スマッシュが決まったとき、本当に嬉しそうに笑う姿にいつも胸が高鳴る。
会話をしたのはほんの数回。
向こうは、私の存在を意識したことはきっとない。
それでもいい。彼が今よりもさらに頑張って部活ができるように力になりたい。そんなことを思いながら毎日彼の姿を眺めていた。
私の想いに気付くことはないかもしれないけど、それでもいいと思えるほどに彼のことを想っている。
だから、彼が私のことを知らなくても別に構わない。
「……やっぱり格好いい」
「なに見てるの?」
え!? なに!?
その声に驚いて視線を向けると、人が立っていた。まっすぐだ、とてもまっすぐな目で私を見つめている。でも性別は分からない。
「なにしてるの?」
改めて聞かれて、驚いて少し肩が跳ねた。
「あ、あの」
声が上擦る。なんて言ったらいいんだろう。入部しようと思って見ていたんです、なんて言ったら嘘をついていることになるし。
普通にテニス部の誰かのファンだと思われるのは、嫌だ。そんな軽い気持ちでこっちはここに来ているわけじゃない。変なプライドによって、一番理解してもらえる理由は却下となった。
もしかしたら彼と同じテニス部の人なのかな。
それにしても変わった姿の人だ。
私が毎日のようにここに来ているのを見て、気持ち悪くなったのかも。あまり人に見えないような木陰で見るようにしているんだけどな。
「ごめんなさい。ただ見ているだけの通行人みたいなものなのであまり気にしないで頂けると有り難いんですけど」
慌てて伝えるとその人は「へー」と言葉を呟き、私の横に立ってそのままテニスコートを見つめ始めた。
え!? このまま去ってくれないの!?
感情が読めないその人の顔を見つめ、少し息を詰める。
数分後(私からしたら、かなり長い数分間)テニスコートと私を交互に見やり、最後に私の顔を五秒くらい何故か見続けてその場を去った。
「またね」
去り際に私にそう一言呟いたその人は、とても怪しかった。
いや、私も怪しいんだろうけど私以上に怪しかった。
だって、その人はお面をかぶっていたのだ。
大きな大きな目の、ウサギのお面だった。
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