第2章 日課

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ハンカチと保冷剤を返そうと、名前も知らない彼を探した。 教室という教室を渡り歩いていると、廊下の先に彼を見つけ、ちょうど私の方に向かって歩いてくるところだった。 よくこの一週間すれ違わなかったなと感心するくらい望んでいたことに、一人緊張が隠せなかった……。 彼は友達と歩いていて、楽しそうに笑っていた。いつでも楽しそうで、それだけで胸が一気に熱くなる。 こっちに来ているし、今がチャンス。 ……でも、やっぱり人前で渡すのは恥ずかしい。 ドキドキしながら、彼とその友達を見ていると……。 その友達が誰かに呼ばれて、足を止める。彼は「先に行くよ」と言って歩き出した。 これは! これはチャンスだ! 彼を見つけた時と比じゃないくらい心臓がばくばくと鳴る。 覚えているかな、私のことを。覚えていてくれてるのかな。 可愛らしい紙袋に保冷剤とハンカチ、お店で買ったお礼のお菓子をまとめて入れていて、緊張のあまりそれを握り締めないように細心の注意を払う。 真っ向からやってくる彼と、目が合った。 『あ』 彼の口から零れ落ちた一言、それだけで嬉しくなる。 私を見て、言葉を漏らした。ということは、これは……私を覚えていてくれているってことだよね……? 『あ、あの!』 自分の顔が赤くなっていると自覚しながらも私も思いきって、声を出す。 その私の言葉に彼は笑って近付いてきてくれた。 どうしよう、こっち来る。近いよ。 笑みを浮かべて私の前で立ち止まってくれる彼に喜びを隠せないけど、自分の顔は緊張で強張るばかり。 どうしよう、早く渡さなきゃ。待たせちゃダメだ。 『これ、この前の』 言葉を必死に絞り出し、紙袋を渡すと『ほっぺ、大丈夫だった?』と私の頬がボールに掠ったことも覚えてくれている。 『だ、大丈夫でした! おかげで助かりました、ありがとうございます!』 『いいよ、そんな。っていうか、同じ年だよね? なんで敬語?』 ふふっと笑って、私の足元を見る。白い上履きに赤いラインが入っている。これが2年生の色だ。彼の足元も見ると、同じ色の上履きだった。 『あ、本当ですね。じゃ、じゃなくて、本当だね』 どぎまぎしながら返事をして下を向いてにやけを堪えた。ここでニヤニヤしていると思われたら、彼に変な人だと思われてしまう。一生懸命、平常心と心の中で唱え念じる。  
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