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序章 逃亡
いま、わたしの腕のなかで、死に絶えたかのような娘。
わたしたちの娘であるはずのこの子は、いったいだれの子であろう。
見慣れた景色は彼女の目に入ることなく、通い慣れた建物を背後に、足早に、しかし目立たぬように立ち去ることがいまの精いっぱいだった。
医者と看護婦がともに病室を空けた瞬間の、たった一度のチャンスを彼女は逃さなかった。
娘の一回きりの呼びかけだけが、彼女の挫けそうになる心を支え、後押しする。
人に怪しまれていないことを確認しつつ、非常口から外へ、そして階段を一気に駆けおりて病院を飛びだしてきたのだ。
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