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「ナティエさまー! ナティエさまー!」
川から吹き上げる風にのってジョルジュの呼ぶ声が聞こえる。
知ったもんか、どうせ父様が俺を呼んでるんだ。
俺は茶色の岩がごろごろする河畔から小さくジャンプして草原に足をつけ、小走りに丘を登っていった。
先に見えるのはレンガの町並みとノートルダムの鐘、そして高く聳えるアルプスの山々。
きっとこの風景は何百年も前からここにあって、そして何百年も先までこうしてあるんだ。
家庭教師はそんなこと言ってなかったけど、きっとそうに決まってる。
空も、山も、町も。
ずっとこうして澄んでいるんだ。
さあ、と一陣の風が通り過ぎると、俺は少し転がった。
1635年、フランス王国。
偉大なキリスト世界は淀んだ水たまりのように混沌の様子を見せていて、生まれたときからこのアルプスを越えた先、神聖ローマはずっと戦争してる。
そして俺達のフランスも王家は戦争の準備をしてるって話だ。
どうせこんな末端の領地には関係なんてない。そう思ってる。
こうして、今日も明日も、何年先もきれいな水と透きとおる空と、信心深い民がいればいい。それを守るのが俺のような領主一族の役目だ。
初夏の風は俺の意識を持っていくのにどれほどもかからなかった。
これから暑い夏が始まる。
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