一杯のコーヒー

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am4:30 コーヒーをカップに注いで一口。 この一杯が無くなる前に何か書き出してみようか。 つまらない意味の無い言葉の羅列、それは虚無。 0を表す際に12-2×3×4/2と回りくどく数字を並べるように表現されるものこそが虚無に相応しいと思われる。 そう思うとこの世界はあまりに複雑な方程式で成り立っているが、その行き着く先の数字は0か1なのか、これは興味深い話である。 だが主観的に見てみると、私はいずれ死んでしまうので少なくとも私の行き着く先は虚無である。 この今生きている証もその過程で抱く喜怒哀楽もどうせ無くなってしまうのだから深く虚無を感じるのである。 くだらない話だ。 考えたところで無意味な思考をするのが好きなだけだ、こうも虚無を感じられる時間は他にない。 先程の話から考えるとどんなことをしても最終的には虚無に行き着くのだが、結局楽しいことをすれば楽しいという感情が、悲しい目に合えば悲しいという感情が心を占めてしまうせいで虚無に浸る心の空間はなかなか得がたいのである。 そうした時にストレートに無意味なことを考えるのが虚無に近付く近道と言えるだろうか。 そもそも私は何故虚無に向かう前提で話を進めているのだろうか。
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