アザミ

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その胸の音と重なるように、店の電話が鳴り響く。 「店長、私出ます」 私はキーパーの扉を閉め、電話まで駆ける。 そして、電話をとると「お待たせいたしました。ありがとうございます、エイリーです」と、言った。 「もしもし……あの、17時に5千円の花束をお願いしたいんですが……」 それはギフトの注文だった。私は慌てて電話の横に備えてある注文書を手にし、エプロンのポケットからペンを取り出した。 「ありがとうございます。お花束ですね。贈られる方は女性の方ですが?男性の方ですか?」 「女性です20代の」 「20代の女性ですね、入れられたいご希望のお花などはありますか?」 「いえ、おまかせします」 「おまかせですね、かしこまりました。お誕生日かなにかですか?」 「いえ……」 私は注文書に電話の主からの要望を聞き書き込む。 よく店長に注意されるのが、注文時の聞きもれだ。 勤めてアルバイト時代を合わせて3年半になるのに、焦るほどミスをしてしまう。 だいぶ慣れてきたものの忙しく動いているときはどうしても抜けてしまうのだ。 今回は注意されないようにと、順番に尋ねて電話を切ろうとしたとき、一番大事なことを思い出した。 「あ、あのお名前とお電話番号を頂いてもよろしいですか?」 意外にも注文書の一番上の位置にある氏名と連絡先は抜けやすい。 「須賀原です。番号は……」 好きな彼に叱られたくないし、幻滅されたくはない。 私はホッとしつつも、その名前を書き入れ、電話を切った。 「店長、花束の注文が入りました。 今日の17時に5千円の花束一つです」 店長は一日の流れを把握しておかなければならないので、注文が入ったときは伝えることになっている。 「了解、胡桃ちゃん作ってくれる?」 「はい」 彼に金額の大きい花束を作らせてもらえるようになったのはつい最近のこと。 それは、店長に認められつつあるように感じ、頼まれる度に私は密かに表情を緩めるのだ。
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