アザミ

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ラッピングの準備をするために、花束の切り口をキープ水を溜めた小バケツにつけたとき、店の中に元気ないつもの声が響いた。 それは誰か見なくてもわかる。 「おはよう、お疲れ……!」 それは従業員である治人さんだ。 「おはよう。お疲れさまです、治人さん」 「おう」 それから店長に続き私も彼に「おはようございます、お疲れさまです」と声をかけた。 「おつかれ胡桃ちゃん」 彼は従業員の佐藤治人(さとう はると)でもちろん、製造もするが主に花の仕入れと配達を任されている。 花がないと花屋は開けないため、とても重要な役割だ。 彼は市場に行かない土日以外はほぼ店に出勤するのが午後からである。 毎朝、早くから花の仕入れに精を出している。 私は治人さんに「今日はお花多いですか?」と尋ねた。 「それなりにあるよ。胡桃ちゃんの好きなレインボーが入ったよ」 「わっ、本当ですか?買って帰ろうかな」 花屋でいうレインボーとは花の色が虹色に染められた花のことを指し、Eiry では基本的にレインボーローズを指す。 花言葉は奇跡で、私はそれが幸福をもたらすような気がして好きなのだ。 それは初めて店長にもらった花でもある。 正しくは誤り切りすぎたため、売り物として出せなくなったからという理由だったが、大切な思い出だ。 「好きだね胡桃ちゃん」 「はい」 治人さんは、「とってきてよかったよ」と言い、笑う。 治人さんは33歳と少し店長より歳が上で、目尻の皺が笑うとよく目立つ。 その瞳は鈍そうに見えるものの、なかなかの洞察力を持っているため、私の心の中を覗かれているような気がしてらない。 きっと彼は私が誰を好きなのかわかっている。 だって、私の行動パターンはお見通しだ。 若くで結婚し、妻と二人の子供の父親である治人さんには、幼い私の恋心は簡単に見破られているに違いない。
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