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母からの定期的にある連絡は、私を困らせるだけだ。
絶対にされる話の内容は、“転職”だから。
「いいよ、出ても」
「いえ、大丈夫です……」
一度電話は切れた。しかし、すぐに電話は鳴りはじめる。
いつもは一度で鳴り止むが、今日は違う。
「何か急用かも」
「そ、そうですかね、すみません失礼します」
たしかに彼の言う通りの気がした。
私は変に緊張している胸を押さえつつ、通話に触れた。
「……もしもし」
か細い声で出ると、母は「胡桃、どこにいるの?」と、少し怒っているような声で、言った。
「どこって……どうして?」
「今、胡桃の部屋の前にいるのよ」
「……え?」
母が私を訪ねてくることなんて、今まではなかった。
なぜだろう……
嫌な気持ちが、胸にわき起こる。
「胡桃ったら全然連絡くれないんだもの。胡桃が好きなオレンジ、たくさん持ってきたのよ」
「そんなの……いいのに……」
「だってもう来ちゃったもの。もう帰ってくる?」
どうしよう、帰りたくない……
私は咄嗟に「お母さん、私今日もお休みで、と、友達と旅行に行ってるの」と、嘘をついた。
私は最悪だ。でも、母に会いたくなかった。
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