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少しの間見つめ合う。
すると、彼が私の手から弁当箱を奪い、テーブルに置いた。
たぶん、落としそうだったから。
「……すみません」
「ううん」
彼が優しく笑う。
それに、私の心は痛む。
「私、就職してからずっと、母を避けてきたんです」
「そう」
優斗君の声は優しいままだ。
「母は、私が花屋で勤めてることをよく思ってなくて、就職することにひどく反対したし、今も電話で転職を薦めてくるので、嫌なんです……。今日も、そうだと思って、私……」
母に嘘をついたのだ。
両親は銀行に勤めており、頭が堅い。特に、母は昔から厳しかったが、就職してから更にうるさくなったように感じている。
それは私のせいであるのだろうけれど……
「それは辛いね。胡桃頑張ってるのに」
「……」
それは、母に言われてみたい言葉だ。
目の奥が熱くなる。
「で、も……私、嘘ついて、最悪……」
泣きそうで下唇を噛み締める。それからすぐ、顔を下へ向けた。
「嘘は俺だってつくよ」
優斗君はそう言うが、私を慰めているだけだと思う。
私の太ももに、涙が一つこぼれた。
それが広がる間もなく、次が落ちる。
こんなことで泣いたら彼が困る。
それがわかるのに、止められない。
「胡桃……」
私が両手を目に当てると、彼に抱き寄せられた。
心細かった。
だから、彼の胸に顔を寄せた。
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