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「胡桃ちゃん、ありがとうね」
店長の言葉の意味が一瞬、わからなかった。
お礼をするのは私のほうなのに……
きっと私の顔は不思議に歪められていただろう。
「嬉しかったよ。僕も胡桃ちゃんのこと、自慢の部下だと思ってるよ。いつも店のために頑張ってくれてありがとう」
そのとき、彼が遅れて返事をくれたのがわかった。
「あ、はい……」
「今まで仕事がキツいって言って、何人も若い子が辞めていったけど、胡桃ちゃんはずっと頑張ってくれてる。本当に助かってるよ」
なんだか、改めて言われると照れ臭い。
不調のときでよかったかもしれない、今はそうでなくても顔が赤い。
「あ、ごめん、長々と……」
「いえ」
店長が苦笑したのがわかり、私はゆっくり首を横に振った。
「だから……しっかり治してね。また水曜」
彼は私に手を挙げた。
その手を振って、「お大事に」と、言って爽やかに笑う。
私はさすがに手は振り返さなかったが、「ありがとうございました。また、よろしくお願いします」と、言って笑顔を作った。
普段より顔の筋肉が引き締まらないため、変な笑いかただったかも、しれない。
しかし、店長は変わらず笑顔でいた。
それからたぶん、私がマンションの中に入るまで後ろから見つめてくれていた気がした。
扉を閉める音が、聞こえなかったから……
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