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だけど風が強いので、結っていない私の髪がひどい顔を隠してくれた。
繋いでないほうの手で髪を耳にかけようとすると、彼のほうが先に私の髪を耳に流す。
「……ありがとうございます」
「ううん」
彼が腰を屈めて、今度は彼から遠いほうの耳に髪をかけると、私を覗き込むような位置に来て距離が近くなる。
少しだけ互いに見つめ合うと彼はなぜか「可愛い……」と言って、私にキスをした。
風が冷たいか、彼のいつも温めのキスが冷たい。
「胡桃の唇、冷たくなってる……」
「優君も……」
私が言うと、「一緒だね」と笑った。
こうしていると、明日、行ってしまうなんて信じられない。
「優君……」
「ん?」
「寂しい……」
彼は困ってしまうだろうが、我慢できない思いが溢れた。できることなら行かないでほしい。さすがにそれは言えなかったが、本当にそう。
「……胡桃」
「本当に、行っちゃうんですか……?」
彼が困った顔をした。彼は屈めていた腰を正し、海のほうを見つめて「うん」と言った。
冗談だったらよかったのにと、思うがそんなわけはない。
「胡桃」
「……はい」
「胡桃にとって、いい機会かもしれない」
「……え?」
彼は切ない顔で私を見下ろした。
「彼、胡桃が好きなんでしょう?」
「……優君」
彼とは店長で他ならない。
まさか、優君に店長のことを知られてるとは思わなかった。
私の顔は泣きそうなくらい寂しく歪んでいたが、固まった。
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