ストック

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「本当は、言わないでおこうと思ったんだけど胡桃のことを思うと……」 彼は悲しそうに小さく口の端を上げ、頬を掻く仕草をした。 彼はどうして知っているのだろうかと考えたとき、一瞬みなみかと思ったが、もう一人ピンときた人物を思い浮かべた。 きっと、岩切さんだ、と……彼女が話したのだろう。 「やっぱり……このまま胡桃を繋いでおくのもよくないよね……」 「……」 優君は握る手の力を力強くすると、「今日は……恋人らしくさせて」と言った。 彼の言った意味がよくわからず、何も言えなかった私だが、彼にフラレてしまったのだとわかったのは翌日だ。 海でのデートは切なかったが、彼は私の家に泊まった。そこでは今までと変わらず穏やかな時間を過ごせた。悲しい気持ちを封印して、彼と触れ合っている時間は、とても幸せだと思えたほど。 彼が発つ朝、、空港へ見送りへ仕事で行けない私は玄関でたくさんキスをして、彼と別れた。合鍵を持っているため、私が先に出て彼を残した。 玄関から手を振る彼を何度か振り返り、手を振り返したが、あのときの彼の表情は今思い出しても穏やかだった。 きっと、着いたら連絡がくる。 そうとばかり思っていたが、帰宅したとき、置き手紙があったのにとても驚いた。 “今までありがとう。身体を壊さずに、仕事頑張ってね。さようなら” そう書いてある残された手紙の筆跡は彼で間違いない。文章はとても簡単だった。しかし、とてもとても重たい。 私はしばらくぼんやりとして、ハッと思い立ち玄関へと走った。 すぐに新聞受けを開けると、私の家の鍵がある。 「……優君……」 どうしてこんなことを…… 私は彼に渡したはずの鍵を手にして呟いた。 それからすぐ、私のせいだと思い、その場に泣き崩れた。
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