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「店長、ありがとうございました」
お客が店を出ていくとすぐ、私は頭を下げた。
「ううん、間に合ってよかったね」
「はい……店長のおかげです。店長がサービスをしたと言ってくれたので、気を悪くされなかったのだと思います」
すると店長は「胡桃ちゃんのラッピングは早かったしね」と言って頭を撫でた。
怒られなくてホッとする。しかし、気は落ちていた。
「いえ……本当にすみませんでした。次は気を付けます」
「うん」
しかし、店長はまだ手を離さない。
だから私はもう一度「すみませんでした」と言った。
「ううん。今度は気を付ければいいよ」
「はい」
私が上目遣いに店長を見ると、彼はようやく手を離して「うん」と言った。
私が落ち込んでいるのを見抜いているためか、店長の目は優しい。
少しだけ胸が揺れてしまったのに、優君に対して浮気してしまった気になった。
私の心の中で、優君のほうが上にきていることに気づく。
こうして人の心は変わっていくのかもしれない。
その夜、彼はやはり迎えに来て、私たちは夕食を外で済ませ、私の家へ向かった。
私の部屋に着くとまず、彼は「胡桃、話があるんだ」と言った。
それはよくある恋人同士の台詞で、私は嫌な予感がした。
最近の彼の様子も手伝って、別れ話をされるのかと想像する。
「……はい」
まだ私も彼も玄関を通りすぎたばかりで座ってもない。
それでも落ち着いて聞こうなんて思考は浮かばない。
「実はなかなか言い出せなかったんだけど、異動辞令が出たんだ」
まず思ったのが、別れ話でなくてよかった。
それでもひどく驚いていることには、変わりがない。
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