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「異動……ですか」
私の職場は異動なんてない。
しかし両親は銀行員のため、異動は当たり前だったのでピンとこないわけではなかった。
「……うん。8月に辞令が出て……10月1日からシンガポールに行くことになった」
「え……!」
私はますます驚く。
10月は来月で、もうひと月もない。たしかに忙しそうにはしていたが、彼の部屋は特に片付けていた様子はなく信じられない。
しかし嘘をつく理由はないのだ。
「俺も突然のことで戸惑ってた。今も……」
これまでの彼の様子が変な理由が今わかる。しかし少しもすっきりしない。
「行くんですか……?」
仕事だから当たり前であるのに、聞かずにはいられない。
「……うん」
彼が肯定すると、胸がとても、とても苦しくなった。
「……そんな」
私は戸惑っているため、よい言葉が見つからない。何て言えばいいのだろう……
喉が一気に乾いた気がする。
「大切なことなのに、すぐに言えなくてごめん……」「……」
「……胡桃はもし俺が付いてきてって言ったら……来てくれる?」
「……え」
それは突然だったので、即答できなかった。出たのは戸惑いの言葉だ。
しかし彼は傷ついた顔をした。
「胡桃も仕事もあるし、無理だよね……。意外とシンガポールは近いから、連休は会えるかな……」
彼はそれでも明るく言って、先のことを話し出す。
もし離れたらどうなるだろう。
私たちはたしかに恋人同士だ。
しかし、今遠くなってしまったのなら、私たちはどうなってしまうかわからない距離でいると思う。
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