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彼は湯が沸くまで時間がかかるので、電気ケトルのスイッチを入れると、私の前に座った。
たぶん、前なら隣に座っていたと思うが、そうじゃないことに私たちの距離が離れてしまったことを教える。
「ここまで何で来たの?」
彼はゆっくりとした口調で尋ねた。
その話し方も懐かしく感じて、涙を誘いそう。
「タクシーで来ました」
「空港から……?」
「いえ、一度……」
私が彼の会社に寄ったことを伝えようとしたが、私の携帯が着信を知らせた。
まだショルダーバッグを肩に斜め掛けしたままだったので、近くで音が響く。
「……出ていいよ」
「あ……はい」
こんな時に誰なのか、と思ったものの、薦められては取らないわけにはいかない。
バッグから取り出した携帯の画面を見ると、それは優奈さんからだった。
きっと、心配してかけてくれたのだろう。
しかし、私が出ようとすると待たせ過ぎたのか切れてしまった。
「……あ」
私がしまった、と思い呟くと彼が「切れちゃった?かけ直したら?」と言った。
しかし、私は優奈さんより優君をのほうを優先し「あとで……かけます」と答えた。
「……そう」
すると彼は私から一度視線を逸らし、彼の後ろにあるキッチンのほうへ首を回す。
「そろそろ沸くかな……」
彼はそう言うと、椅子から立ち上がりお茶を淹れる準備をはじめる。
私は手伝おうか迷ったが、立ち上がることはせず、彼を見つめていた。
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